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色彩の下

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2006年 09月 20日

小品

小品と大きな作品を制作するにあたって最も違うと感じたのは、画面が小さくなると圧倒的に使用出来る色数と構図が少ないという事。
一つのマチエルが持つ画面上の重さがとても大きいので色を乗せては違和感を感じるという具合だった。
大きな作品では全く別の色を入れ込んでも、例えば緑の作品ならば赤い緑とか、紫の緑と言う感じで呑み込まれてしまうのだが、画面が小さいとそうもいかない。
また、構図も無限にあるといえばあるのだが、おおまかに言うと同じといえば同じになるので、特に絵画が必ず持つ四辺四ツ角については苦慮した。
勉強になりました。

by uchiumiinfo | 2006-09-20 23:59
2006年 09月 19日

混色

今回作品を描くにあたって久しぶりに(5年ぶりとか?)混色をしたのだが、混色をするのもなかなか面白いと思った。
なぜ混色をしないのかというと、絵具が濁るから、また大きな作品を描くにあたって安定のある質と量を確保できない為。等の理由がある。
絵具はメーカーによってかなり差異があり、同じコバルトブルーでもホルベインとクサカベでは別の色である。その様にメーカーをまたいで色を拾ってゆくと同系色でもかなりの広範囲で種類を確保出来る。
メーカー側も混色での鈍さを踏まえてあれだけ中間色を出しているのだから、混色はしないにこした事が無いのだ。
しかし、今回は使用した色があまりに多いので、白を混色した物と紫を作る為に混色を作成した。
白は今まであまり使わなかったのは、鈍さもさる事ながら色数が増えすぎる事にも由来しているが、今回は色数を増やす必要があった事と、固着力を高める為に使用した。
また紫色には不透明の色数が少ない事と赤紫、青紫等の色間がうまく手にはいらなかったから混色をする事になった。

「混色をしないなんて難しくないか?」と聞かれたが、混色を常にする方が難しいと思うけど。。

by uchiumiinfo | 2006-09-19 23:59
2006年 09月 18日

今年1151個目の作品。

作品加筆。
作品梱包。
作品発送。

9月22日~24日
大阪・海岸通ギャラリー ・CASOにて、ART in CASO 2006に出品します。

アートフェアってまだ上手く噛み砕けていないです。
近隣の方で行ける人は、連絡を頂けると入場券をお送りできるかも?
僕はちょっと時間的に大阪に行くのは無理そう。
観たいなー。。。

誰か行った感想とか教えて欲しい。
あまりアートフェアに行った事が無い。ニカフぐらい?


ヴァイスフェルトの個展が「どうしてこうなったのか?」という質問があったので答え。
「どうしてこうなったのか?」と言う質問のニュアンスには、「なぜ今まで大きな作品だったのに小品を並べたのか?」と言う事と「なぜ小品を並べる事に至ったのか?」という両方を含んでいると思うので、それぞれ答え。

「なぜ今まで大きな作品だったのに小品を並べたのか?」
作品の展示を観る際に、現在見えている状態とは別に今までその展示空間が持っている経験も視野に入れていると思う。
今までのヴァイスフェルトの展示等も踏まえて、僕の作品は鑑賞されているという一面を持つ。
僕の今個展「三千世界」の前には、藤芳あい、フロリアンクラール、佐藤好彦と三作家続けてほぼ1点の作品でドーンと空間構成をしていた。
それをそのまま踏襲すると、作品が見え難くなると思ったので、ある一作品と対峙する鑑賞者というフォーマットを変えずに(1壁面と鑑賞者)、作品自体を1012点に増やした。
これで、1点に対する観え方の幅が広がったと思うけどどうでしょう?

また、ヴァイスフェルトの空間には、正面壁の手前に構造上の大きな梁がある。
その圧迫感はかなり強いので、大きな平面作品を展示するのに向かないと感じていた。
その際に、オーナーの池内さんから「小作品で展示出来ないか?」という話を持ちかけられた。
僕は5×5cmの作品にまだかなり可能性を感じていて、いつかこの作品で空間構成をすると思っていたのでちょうど良い機会だと考えた。
ただ、小作品を広い空間に少なく(例えば一点)展示するのは抵抗があった。
作品はどうしても「崇高」な感じで展示されてしまう。(語彙が無いので上手い表現が無いから左記の「崇高」と言う言葉を使いました。あまり自分の作品に使いたくない言葉。)
5cmの小作品は大きな作品とある意味対極にある作品なので、1点で観るにはどうしてもそれに対応する展示や作品が必要になる。
それに、1点に大きな空間を与えるのってちょっとバカっぽい。(MOTアニュアル2004やふなばし現代美術展06でもこの展示法は使っている。良い意味でのバカね。)
それを払拭する言葉として、「湯水の様に作品を観る(会う、浴びる)」という感覚が出てきた。
それを精査してプランニングをし、1012点の制作につながりました。

「なぜ小品を並べる事に至ったのか?」
これには、「内海の作品の延長上最先端が大きな作品を通り越して小品になったのか?」という感じが含まれていると思う。要は「結果こうなった」という理解。
それは、少々間違っている。
僕は「絵画」と言う物が表現できる事って本当に小さな一握りの事だと思っている。
一つの作品、展示にて一々結論を出している訳ではない。
僕にとって、一展示一展示が「僕が絵画を理解する過程」だと思っている。
大きな作品では小さな作品について言えないし、黒い作品では赤い作品について居えないのである。これは当たり前。
僕は、「絵画」を「僕」とは全く離れた、絵画として独立している物だと思ってる。(だから絵画の中に僕の感情とか手癖とかが大いに入る事を嫌う)
例えば、ネズミを理解しようと思ったら、解剖したり、運動能力を調べたり、育ててみたり、繁殖させたり、色々アプローチするとおもう。
それらは全てネズミの一側面であり全体ではない。
ただ、理解する為には出来うる限りの場面で経験し統合する必要がある。
僕は今までの10回近い個展の中で、一々絵画の1側面を経験しているのだと思う。
全て並列な感覚に近いのだ。
ただ、今回の展示は見え方が今までと大いに違う為に、それらの仕事を時間軸で捉えられてしまったのかもしれない。
しかし、今個展を体験する事で、僕の今までの作品をより理解する事になり、また今後僕が制作する作品を理解したり、同時代に制作される作品についても理解する幅となると思っている。
まだまだやる事は沢山ある。

制作する機会をくれる皆様に感謝。

by uchiumiinfo | 2006-09-18 23:59
2006年 09月 17日

MACA「河口龍夫展」搬入

朝から下北沢にあるMACAギャラリーにて河口龍夫展の搬入。

【詳細】
河口龍夫展
「地下時間」
MACAギャラリー
2006年9月29日~11月5日
金・土・日・祝日のみ開廊
13時~19時
〒155-0031 東京都世田谷区北沢4-10-4
tel 03-3469-1320 fax 03-3469-7643

アクセス:
小田急線・京王井の頭線
『下北沢』駅北口より徒歩7分


河口龍夫さんに初めてお会いした。
「陸と海」という作品の制作について話を聞けて良かった。

常設展示作品撤去。梱包。
河口作品解包。展示。
動因人数計8名。
何度も搬入出を経験しているメンツなのでサクサクと要領良くこなして行く。
それでも、会場の広さと条件、作家のこだわり、すべてが存在する事、かつ消化すべき事。
20時位には完全に終了。
とても迅速だったと思う。

今回の展示作業で、展示の場に作品を置き、そこに緊張を強いる事について考えた。
空間が出来上がる経過を見て、今まで河口作品を観てきた中で見過ごしていた感覚を意識した。


MACAギャラリーはオーナーの増井常吉氏によるプライベートギャラリー。
通常は常設展としてコレクションを展示している(展覧会期以外は鑑賞時要予約)。
コレクション展も質の高い作品を鑑賞出来る。
個人にてコレクトした作品による展示の強みは、その作家の全てを伝えたり、展示作品同士の関連性を考える必要は無く、ただ個人の眼として提示出来る事だと思う。
増井氏の眼として、MACAギャラリーの作品群は大変興味深い。
また、その会場の広さと音響を生かし、国内外で評価のある演奏家のコンサートを催す事で、美術と音楽の競演を楽しむ機会を設けている。

また、2年に1回、増井氏のセレクトによる会場全てを使用した展覧会を開催。
その形態から「MACAビエンナーレ」と称している。
今回の河口龍夫展で第6回目を数える。
ちなみに今までの展示作家データ。

・マカギャラリー(MACA Gallery)展示作家。
1996年 太田三郎
1998年 桑原盛行
2000年 金沢健一
2002年 國安孝昌
2004年 内海聖史
2006年 河口龍夫

2002年國安展の搬入はキツかったな~。

by uchiumiinfo | 2006-09-17 23:59
2006年 09月 16日

展示作品のパーセンテージ

作品加筆。

14日の日記である評価を理解する1例として「VOCA展も~」という表記をしたが、これはどんな物が評価される時にも発生する側面であるので、VOCA展のみを例に出したのは間違いだと思った。
VOCA展自体は有意義な展覧会だよ。(僕が言うまでも無いけど)

絵具の乾きが本当に悪い。
困るなー。
台風来てるし。

口内炎が出来る。
魚と野菜生活を心がけよう。


レントゲンヴェルケの展示作品は作品の色に割合はあるかという質問があったので回答。
大体の割合は
赤(ピンク等含む)9%
黄(オレンジ等含む)10%
黄緑(ライトグリーン含む)8%
緑(深緑、白緑等含む)35%
明るい青(白混色等含む)10%
青(濃青、藍等含む)17%
紫(赤紫、白紫等含む)9%
茶1%
黒1%
グレー1%
メディウム1%
あくまで目安です。

鑑賞者はドット状に沢山作品があってもどこかで関連付けやグループ化をしてしまうと思う。
例えば、赤い作品等は色としての個性が強いので、あまり大量にあると作品同士を線として結んでしまうと思う。
そこで何かしらの図形が出来てしまった場合、作品の意味合いが変化したり、見え方を示唆する結果になると思うので、なるべくそれを避けるよう配置した。

by uchiumiinfo | 2006-09-16 23:59
2006年 09月 15日

展示撮影

レントゲンヴェルケで昼、夕方と知人と会う。
人に時間差で会う約束をするって初めてかも。

その合間をぬって清澄白河と神楽坂のギャラリーを観る。
シュウゴアーツ
小林正人展
「初期作品1982-1992」
小林正人の作品に対して常に持つ感覚を「保留感」と名付けてみる。
自分が絵を描いているという理由から僕は絵画を観るときにどうしても目が細分化してしまい、絵画を楽しみ尽し難い一面がある。(もちろんそれも踏まえて楽しんでます。)
少数の「良い」と、多数の「悪い」のという感想の間に、「長期考える」とか「悪いとは言いがたい」とか「悪くないと言って問題は無い」とか微妙に断定した決定意思を出さないゾーンがある。
この中に「とりあえず保留」をする作家がいて、その作品が持つ感じが保留感である。
小林正人、中村一美、岡崎乾二郎なんかは僕にとってそんな作家。
うまく言えないが、彼らの作品に対して美しいという感覚を過去に持った経験があるにもかかわらず、なんだかペンキを飲むかの様に喉通りが悪いのだ。
これについては、長い時間をかけて考える必要在り。

さらに作品を観ようと神楽坂の高橋コレクションに。
1作家を数箇所で観られるのはとても良い。
作品を理解するには沢山観るしかない。
!?画廊開いていませーん。
DMには金、土開廊って書いてある。
そして今日は金曜日。
電話は留守電。
どう言う事?

ユカササハラギャラリー
雨宮庸介展
「トランスレーターズ・ハイ」
雨宮庸介の作品はかなり前から拝見している。
1999年Gallery QSの初個展と2001年Guardian Garden の二回目の個展。グループ展を数回観ている。
長いスパンで作品を観る事が出来るのは、同時代に生きる作家を観る醍醐味の一つ。
しかし、この作家完成度が高い。
個人でこの個展を造り上げているのだろうか?クラクラする。
とても刺激になりました。


レントゲンヴェルケで閉廊後会場撮影。
撮影をする度に思うのは、自分があまりにもカメラの眼を持っていないと言う事。
レンズの違いや構図ってあんまり想像出来ない。
カメラを借りて自分で動きながら構図を探す。
この展示の記録は時間がかかるなー。

by uchiumiinfo | 2006-09-15 23:59
2006年 09月 14日

金魚

作品制作。
気温は低いけど、制作していると暑くなる。
あんまり動いていないのに。

絵の具の乾きが鈍い。
時間があまり無いので晴れて欲しい。


TVチャンピオンという番組で金魚すくい王って言うのを放送していた。
音声を聞いたり、たまに観たりしたのだが、決勝の一つ前の戦いで、ドジョウ、ウナギ、ニシキゴイをそれぞれ特製ポイ(輪っかに和紙が張ってある道具)にてすくうという競技を行っていた。
ニシキゴイにいたっては3.5kgあり、バシャバシャ暴れて40cm位の特製ポイを破り、誰もすくえなかった。
全国大会でも活躍しているという女子高生が負け、涙を流していたのだが、正直
「金魚すくいと関係無いじゃん!!!」
って言葉が頭の中に渦巻いた。
金魚すくいのチャンピオンを決める以上、金魚をすくう事のバリエーションで競技を作るべきで、決勝の「100匹金魚早すくい」には何の問題も無い。
けれど、「ニシキゴイ」と「特製ポイ」は全く別の競技じゃない?
テニスの一位を決めるのに、途中卓球の勝負はしないだろう。
それ位違うと思う。
女子高生の涙は理不尽への涙じゃなかろうか?

この事でVOCA展について考えたのだが、VOCA展は現在日本の絵画、平面表現では最も権威ある(っていうのか?有名?)な展覧会であるが、あの展示の仕方は絵画という表現の見せ方のほんの一手法でしかない。
絵画はもっとイロイロなアプローチがあるものなのだが、並べて壁に展示するというのは最もベーシックな1展示方法である。
それで、全ての絵画をまかなう事は当然出来ないのであるが、「ある一企業がある方向性の絵画を評価する」という観点で観ると納得出来る展覧会である。

それを踏まえると、この金魚すくいチャンピオンはTVチャンピオンという番組において、「金魚だけでなくニシキゴイまでもすくえる者が最も金魚すくいの上手な者である。」という基準をもっていると言う事になる。
これを、TVチャンピオンサイドが意識してニシキゴイをすくう競技を入れたのであれば文句は無いのだが、「金魚すくえるんだから泳ぐモン何でもすくえるだろ?」という考えであればあまりにも乱暴だと感じた。

VOCA展もある一方向性の展示においての作品評価という事を念頭において鑑賞すべき。

by uchiumiinfo | 2006-09-14 23:59
2006年 09月 13日

寒いーー。

作品加筆。

突然に気温が寒い。
長雨に冷える。
秋の虫もさぞ寒かろう。
ギーギー鳴いているけれど、大丈夫なのか?

絵の具の渇きが断然遅い。
かなり困る。
これが個展前だったらと思うとゾッとする。

制作中に実感したのだが、絵の具って使用する前に良くパレットナイフで練ると乾燥が速い。
絵の具の硬化は酸化による物だから、理にはかなっているけれど、実際そうなる事を実感すると結構色々な事が当たり前に進行しているんだと思う。
大きな作品を制作しているときには絵の具を混ぜたりせずとも制作中の筆の圧力等で自ずとパネル上で混ざっていると思われるが、小品制作の時には気をつけよう。
これも、小品を制作した事による絵画理解の一つか?


TVで、アメリカの元ボクシングチャンピオンが「自分がチャンピオンになれた理由は3つあり、それは決意、献身、犠牲だ。」と言っていた。
何でも一緒だと思った。それをなすのは並みの精神では出来ないだろうけど。

by uchiumiinfo | 2006-09-13 23:59
2006年 09月 12日

1,012

作品加筆。
作品は少し大きくなると使用出来る色彩の数や構図が劇的に増える。

今回の個展「三千世界」に出展している作品数が1,012点の訳。
なぜ切りの良い1,000点では無いのかというと、1,000という数とヴァイスフェルトの空間には特に因果関係が無いからである。
1,000と言う数字は人間側の物なので、それを空間に展示する際に引っ張って来る必要は無い。
ヴァイスフェルトの正面壁と作品の大きさ、展示間隔から割り出した作品数が、縦22点、横46点の計1,012点になった。

今回のタイトルの「三千~」も、「多くの~」という概念的なものなので、ぴったりある数字を指している訳ではないでしょう。

現在制作している様なあまり大きくない作品(F0~F100号位)などは、自分でパネルを制作するので、あまり切りの良い数字の大きさでは無い物もある。
31×41(cm)という大きさの作品もあるのだが、縦横1cmは何?って思うけれど、30×40と31×41はやはり違うのだと思う。
もちろん、切りの良い数字の比率の物もそれはそれである物なので、40×70(cm)の作品も描いています。

概念でなく、空間とか作品そのものに合わせているって事で。

by uchiumiinfo | 2006-09-12 23:59
2006年 09月 11日

制作開始。

パネルに張る布を購入。
パネルに布張り。
下地塗布。
作品加筆。

筆で描くのは気持ちいい。

ヴァイスフェルトの個展「三千世界」についてのレビューがex-chamber museum にて掲載されています。いつも観に来て頂いてレビューを載せて頂けるのは大変あり難いです。

天気予報は1週間ずっと雨っぽい。
秋雨前線到来。
残念。
めげずに展示を観て欲しいなー。

by uchiumiinfo | 2006-09-11 23:59