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色彩の下

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2008年 06月 11日 ( 1 )


2008年 06月 11日

モーモー

エミリー・ウングワレー
-アボリジニが生んだ天才画家-
2008年5月28日(水)~7月28日(月)
国立新美術館

フライヤーを見る限り、点々で描かれた絵画なので、ちょっと僕の絵と似ているかなと思い、制作の合間にダッシュで廻る。
もしかして僕はアボリジ二っているかな??
と思ったが、結論を言うと全くアボっていなかった。
「絵になる」ってどういう事か上手く言えないし、また「絵にする」必要があるのかどうかも解らないのだが、僕が自分の絵の中でとても気にしている事を無自覚に沢山提示していて、うまく言葉にならない。
真っ直ぐの様に引いたラインの作品については普通に観る事が出来た。
あと、なんか裏に腹黒い人がいるように思えてならない。
〈追記〉
彼女の作品を西洋の文脈で見てはいけないなんて事は当たり前なのだけれど、そこにキャンバス張りされた枠があり、その枠の中において「西洋の文脈から離れた」筆跡を見ると、西洋人だろうが、未開人だろうが(ここではあえてそういう記述をします)、子供だろうが、人間であれば誰でもしてしまう身体の動きが見て取れる。
キャンバスに促された体の動きという物がある。
それは「絵画」や「ドリーミング」よりももっと生の「知覚を持った一個人の動き」であって、その部分では誰もが並列だと思う。その動きはウングワレーの世界観を現実に引き戻してしまう恐れがある。「アボリジニに生まれ土地と生きてきたウングワレーの体」を「都会に生まれ都市に生きてきた鑑賞者」と同じ一個人にしてしまう。
その意味では、線で描かれた作品は線という物が持つ特性上、枠の意識から解かれていると感じた。

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展
2008年4月25日(金)~2008年7月13日(日)
森美術館

カタログ的な展覧会。
でも、好きな作家が沢山観られて良かった。
ダミアン・ハーストの《母と子、分断されて》は想像していたスキャンダラスな作品と言うよりは、大変丁寧に造ってあってとても美しかった。
完成度の高さってむしろ愛情を感じる。
例えば僕にあの作品を造るアイデアが浮かんでしまったら、あの完成度では造れないと思う。
ギルバート&ジョージ、アニシュ・カプーア、アントニー・ゴームリーの大規模個展を国内で求む。

Group Exhibition 'Invisible moments'
UP FIELD GALLERY
June 6.Fri-29.Sun, 2008
坂本政十賜・福居伸宏・湊雅博・山方伸

写真って不思議なメディアだなと思う。
福居さんの写真はかなり「意識的な」方向性を持った作品だと思うのだが、印画紙と液晶画面という目にあたる感覚が全く違うマテリアルでも同じ方向性の「写真」として認識するルール(?)なのだろうか?
僕は油絵を描いているから、油絵の具で描く。そしてそれを観る。というのがかなりキモになってくるので、そんな事を考えた。
〈追記〉
福居伸宏氏の自身のブログに掲載された展示作品の写真http://d.hatena.ne.jp/n-291/20080628(4点並んでいる物)を見て、上記の様な作品の見方は誤解だったと思った。
液晶の中の写真も、小山登美雄ギャラリーでの作品展示(未見)も自身のイメージを不純物無く見せる装置であって、小山は展示室内を歩くことで絶え間無く作品のイメージを取り込む状態、UP FIELD GALLERY は液晶4点の真ん中に立っている状態で絶え間無くイメージを取り込む状態を造っているのではないだろうか?
「状態」を造っている作品に対して、「目」と「物質」についての言葉を使用してしまいました。
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ジョンソン・エンド・ジョンソンのビル発見!

by uchiumiinfo | 2008-06-11 23:59