色彩の下

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2008年 06月 24日

言葉

最近、文章やコメントや展覧会や至る所で言葉を使う事になり、とても感じている違和感がある。
それは、僕にとって文字や文章は、他者の作品を評したり、何かを伝達する物ではなく、自分の作品を進展させる為の物だという事だ。
たとえば矛盾や誤解を孕んでいようと、強引であろうと、僕自身の制作が前進すればそれはOKなのだ。
過去も含めて自作やその位置を理解し、納得し容認する。
悩みは自身の動きを止めてしまうし、止まってしまったら絵は完成しない。
沢山の引っ掛かりを捨ててしまうのではなく、そのまま言葉にすり替えて停滞する川を渡り、時には「マアイイヤ」とか「その方がカッコイイし」とかザックリとした言葉で包んでしまう。
結果、それで乗り切ることが出来たら、僕の中に経験値としてそれは残るので、後からなぜ抜け出られたか考えればよい。
絵画は制作している時には無数の可能性があるが、完成してしまうと結果1本の道をたどっているので、より明確に判断できるとも言える。
制作のたびに足を止める場所があるのであれば、それは自分の制作に常について回る場所なので、より的確に考える必要があるのだろう。
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by uchiumiinfo | 2008-06-24 23:59


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