色彩の下

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2006年 03月 27日

ファイル

作品ファイルと提出書類を作っている。すごく時間がかかる。
プリンターに印刷するページをストックしておいて、まとめて印刷できる機能があれば良いのに。
本体に録画するビデオみたいに。

文章をいくつも考えるのは大変。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-27 23:50
2006年 03月 26日

ちんねん

髪の毛がウザッタイので坊主にした。
サッパリすると制作しやすい。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-26 23:50
2006年 03月 24日

ブラインドタッチ能力が欲しい。

18日~今日までのブログを今書いているけど、毎日分書く意味がはたしてあるのか疑問。
僕が文字を残す事で作品を規定してしまわないかも疑問。

ある程度書いてから考えようと思っています。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-24 15:01
2006年 03月 23日

構図の穴

今制作している作品の構図を決める大きな部分が画面の中で3箇所程停滞している。
絵の具は載りつつあるのだが、構図に大きく穴が空いている様だ。
どの穴を埋めても違う構図になるし、かと言って制作時間が無限にあるわけでもない。
現状から3枚に分けて制作したい位だ。

構図は展示をする空間を思い描いて考える。
作品の前に立つ自分や鑑賞者のどこにどの様に絵の具があるかを見ている。
眼が開いているのに、目の前の画面を観ているのに違う場所を見ている感じ。
僕には右後ろの脳が動いている様な感じがするのだが、こんな時は脳のどこが働いているのだろう?本当に右後ろだったらすごいな。脳自体には感覚が無いって聴いたことがあるような気がするが。。
それとも、脳で考えていると言う情報を持っているから脳が動いている感じがするのかしら?
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# by uchiumiinfo | 2006-03-23 23:50
2006年 03月 22日

桜が咲いている

VOCA展を観に行った。
昨年の2005年展には僕も出品。

VOCAの作品は大抵既製のサイズ(150号とか)、スクエアや小品を並べたもの、規定サイズ(400×250cm)の横構図(分割パネル)に分けられる。
これは各々が持つ制作場所の規制が大きい為と考えられる。
40歳以下で天井高のあるアトリエを持っている作家は日本にほぼ100%いないからだ。
今まで縦構図で作品を出した方はかなり少ない(上下2点で展示の方もいるけど)。

しかし、上野の森美術館は最高5mの天井高を持つのに、この作品のサイズでは折角の空間が全く見られない。
「一回眼を上に向けるととても空間が拡がって作品が観易くなるのに。。」と考えていた。
それで、前回は400×240cmの縦パネルに上の方に重さを置く構図の作品を出品した。
僕の作品を観る為に首を一回上に向けたら空間が広がって他の作品も含め美しく見られるかなという試み。
それがどう眼に映ったかは鑑賞者に任せるけれど、グループショウの難しさを痛感した。
また出品する事があれば違うアプローチで作品を出そうと考えています。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-22 23:50
2006年 03月 21日

のび太の気持ち

今日は制作に時間を取れた。

僕の作品はずっと画面に手を入れるしかない作品なのだが、描いている最中はどんどん手を入れている実感があるのに、少し離れてみるとあまり変化が無い様な感じがする。
目の前で起こる絵の具の変化とある距離を置いてからの変化ではギャップがあるからそう感じるのか?

あたかも草むしりしている様だと感じる。
殆どの草をむしったと思っても、少し離れたらまだまだ生えていて「うぇ~」ってなる感じ。
ドラえもんの野比のび太もよく「うへぇ~」って言いながら草むしりしていた。

でも、むしった草が無くなっている事は事実だし、それを繰り返さないと美しい状況(この場合完成した作品の事だけど)を維持出来ないからね。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-21 23:50
2006年 03月 20日

金具発見

ハンズやホームセンターに散々電話をし、無いと言われ続け、搬入業者にまで連絡を入れて探していた額取り付け金具を発見。
ハンズに実際観に行ったらあった。
電話では伝わらないのね。
重いものを掛けるのにネジがユニクロってやつなのでステンレスに交換。
ユニクロって金属の名前?ねじ山がすぐ無くなる+ネジ自体が折れる。
額取り付けに合わないと思うが。

しかし一見落着で額装完成。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-20 23:50
2006年 03月 19日

もったいない

劇的!ビフォーアフターというテレビ朝日の番組の最終回が放送されていた。
終わりの方だけ観たのだが、Y字路の角地に三角に建つ焼き鳥屋さんの建物を作り変えるものだった。
いつもの様に(いつも観てないけど)劇的に建て変わるのだが、それを観た焼き鳥職人の老夫婦が「私達にはもったいない」と連呼していた。
「良いもの」を自分にはもったいないと言う感覚って日本人には過分にあると思う。
へりくだる感覚と言うか、自分の価値(位?)を推し量る感覚と言うか。

美術を見るときに「俺には(私には)解らない」と言う発言をよく聴く。
目の前でも言われるし、TVでレポーターみたいな人なんかもよく言っている(メディアで「私には解らないのですが。。」という発言は犯罪的だと思う。ラーメンレポートで「私には解らないがおいしいと思う」って言ったら最悪なのと同じ感じ)。
これは美術はすべからく良いものという感覚から出ているのではないだろうか?
こんな良いもの(高尚なもの)私には解らないというのである。
少し考えれば宗教画なんかじゃあるまいし20代の日本人(毎日ブラブラ)が描くものが高尚なはずは無いのだが、多分思考停止する便利な言葉なのだろう。
じゃあ日本で誰が美術を理解するって言うのかしら?
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# by uchiumiinfo | 2006-03-19 23:50
2006年 03月 18日

伝達の時間

知人の作家が、その美術の恩師にお茶を飲みながら「展示してもなかなか伝わらないですけれどね・・。」と話したら、「伝わって来ているじゃないか。」と返答されたという。
「伝わって来ているじゃないか。」と言うのはナルホドな言葉で、裏を返せば「即伝わる物では無い」と言う事を含んでいる。
長い時間をかけて制作し、貸し画廊ならば30万円からの費用を負担せねばならない中で、テニスのラリーみたいに伝心するかの様な感覚を期待するが、そういう物ではなく長い制作、発表、評価の中で伝達する物もあるのだろう。

僕自身一つの展示、一点の作品で完結するとは思っていないので、長いスパンで作品を見ることで観えるものもあるであろうし、作家が現役で制作している所が現代美術と言われる作家の強みでもあろうと思う。

美術を観始めた初期の頃観た作家が現在大分違う作品を描いていても、なんとなく飲み込めたり、より昔の作品を理解出来たり。
ある繋がっていない作家同士が仲の良い友人同士だと知った時に、お互いの作品がうまく分かり易い棚に移動したり(頭の中の整理棚みたいな物の事)。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-18 23:50
2006年 03月 17日

スキマ

今日は一転晴天。
風は強い。
電車が止まるほど。

絵画がだんだん絵の具で埋まってきた。
まだ全然完成は遠いけど。
今描いている作品は4M位ある。

僕の絵画の中には絵の具の隙間の様な物が散らばるのだが、それらはその周りの絵の具を観え易くする効果があると思う。
ただ絵の具を見せるだけならばオールオーバーで良い筈なのだが、隙間(大きな隙間は構図につながると思うけど)は眼を置くポイントになる。
ポイントだらけではどこに眼を置けば良いか解らないので、どんどん削ってゆく。
幾つかの隙間が一セットである時もあれば、イヤホンの先の様な大きさの物が眼の引っかかりになる事もある。
ただ、絵の具の彩度が上がればそれで良い。
多くても少なくても不思議と彩度は下がる。
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# by uchiumiinfo | 2006-03-17 23:51