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2009年 09月 30日

初期のRC

自分はまだ初期の作家のはずだ。
ずっと考え続けなくてはならない。
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by uchiumiinfo | 2009-09-30 23:59
2009年 09月 29日

イエー

KOMAZAWAMUSEUM×ART終了。
ご高覧頂いた皆様ありがとうございました。

駒沢ミュージアム搬出。
梱包材を代えてさっぱり。
レンタカーにドカドカ詰める。
意外と時間がかかる。
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レンタカー返却の運転をする。
カーナビと自分の勘を混ぜて走ったらなんだか遠回りした。

ようやく展示が一段落したけれど、まだ事務作業や制作が溜まっている。
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by uchiumiinfo | 2009-09-29 23:59
2009年 09月 28日

ウルフ

小学生低学年の時、祖父が相撲観戦に行き、人気力士の名前が入った湯呑みセットを買ってきた。
その内容は、千代の富士(大横綱)北闘力(横綱)大乃国(横綱)霧島(小兵の大関)小錦(巨漢の大関か関脇※当時)だった。
おじいちゃん子で相撲を毎場所TV観戦していた僕は、その青く印字された湯呑みをうっとりと眺め、おじいちゃんからその湯呑みを使用する権利を得た。
そうなると、どの湯呑みを使用するかという大きな問題が立ちはだかる。
僕が好きな力士を順番にあげると、1位・千代の富士(別格)、2位・霧島(技の素早さと筋肉のかっこよさ)、3位・小錦(でかいのはおもしろいし、それに立ち向かう対戦の構図がおもしろい)4位・北闘力(大横綱の陰にいて地味)、5位・大乃国(体型がイマイチ好きじゃないし、キャラが当時つかめなかった)となる。子供は残酷に順位を決める。
順番に全部使用したいと思ったのだが、どんな順番で使おうかと迷った。小学生低学年の自分には、「千代の富士」はおこがましいと考え、最後に使用するためにとっておくことを最初に決めた。
それでは「霧島」かと思うが、霧島を使うのだって雲の上の存在で、あのスピーディーな取り組みをする存在を自分で使用して良いものか・・
では5位から順番に・・でも、「大乃国」はそんなに好きではないし、しかも横綱という地位の湯呑みを小学生が軽々しく使用して良いものか・・それは横綱という権威の失墜を招かないか・・それでは4位「北闘力」も横綱だから・・・などと考え、3位「小錦」ならば子供にも分かりやすいキャラも立っているし、すこしイロモノ感があるくらいの方が無邪気で気安いと思って小錦を使用する事に決めた。
小錦を使用してお茶をすすりながら、いつか千代の富士をでお茶を飲むことを考えていた。
しかし、湯呑みはとても頑丈で、なかなかダメにならない。
子供であるが故の時間感覚のなさで、湯呑みが持つ膨大な耐久時間なんぞ想像することもできなかった。
ときには食後、強めに流しに置いてみてもびくともしない。
もちろんわざと割ることは絶対にいけないと思っているので、頻繁に使用して洗う回数を増やしたり、ちょっとカジリながら飲んだりしていたが、小錦の山のような体を押し出すことはできなかった。
台所の食器棚、中段左奥には同じ柄で名前だけ違う湯呑みがまだ4客も残っている。
絶望的な気持ちで、「2横綱は飛ばして次は霧島、その次は別格千代の富士」などと考えていた。
千代の富士はあくまで別格なので2番目に使用するのは自分ルールを崩しすぎで、「千代の富士」の自分内順位の尊厳を守るためには、使用が最悪でも3番目でないといけなかった。
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月日はながれ、その5人の関取は現役を引退した。
千代の富士の引退は悲しかったし、霧島が大関から陥落して番付を落としながら場所に挑む様は美しかった。
僕は高校まで小錦を使い、家を出た。
ある日湯呑みの事を思い出し、実家からその湯呑みを送ってもらおうと思った。
何となく、自分の中で幼い時に強烈に持っていた規律が薄れ、千代の富士を使用して良いことになった。自分が千代の富士を使用して良い格になったというのでもなく、ただただ規律が薄まっただけだった。
電話口で母は、その湯呑みが邪魔だったから整理して捨てた事を僕に告げた。
きっと横綱級においしかったはずの、「千代の富士」湯呑みで飲むお茶はかなえることができなかった。
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by uchiumiinfo | 2009-09-28 23:59
2009年 09月 27日

量感

大橋歩氏のエッセイに、舟越保武氏の本からの引用があり、大体の内容は「人が誰かの後頭部を観て、それが知人であると気がつくのは、人と対峙する時に顔だけでなく、頭として量感を持って捕らえているからだ」という感じのものだった。

絵画は正面から見るという認識があるが、実際人はものを見る際にあらゆる角度から認識しているはずだ。
証明写真は被写体を正面から切り取ったものである。
それはカタログで観るかのように、ある断片を切り取ったもので、その情報の少なさから、他人の免許証を見たときに違和感がある。
スナップや動画のほうが切り取っているといっても違和感が少ない。
絵画がありそうな場所に絵画があることで、何かを得るかわりに何かを失う。
アトリエにあったときにあった何かや、僕が得た質感の何かを失う。
さまざまな展示でそれを気にしている。
「千手」は少しそれを強く意識した事は確か。
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by uchiumiinfo | 2009-09-27 23:59
2009年 09月 26日

強行那須

午前0時。
先月まで藝術倉庫で個展をしていた石川君とレントゲンスタッフが「スペクタル・イン・ザ・ファーム」という那須のカフェ、レジャー施設を使用したイベントに参加する為に藝術倉庫に行く事になり、行きの車が一人分空いているとの事なので急遽同乗させてもらう。
石川君の展示が見たかったし、那須にある作品のチェックをしなければいけなかったので。

待ち合わせに現れた石川君が半そでTシャツだった事で、僕と石川君の「那須感」の違いに驚く。
僕は「那須は寒い」という強迫観念から逃れられないので長袖パーカーをもう着用済み。

0時に待ち合わせをして、大人5人を乗せて出発。
まず高速に乗るために意外なルート選択をするカーナビ。
なぜか常磐道と東北道の分かれ道で常磐道を指し示すカーナビ。
5人のでかい「?」を乗せて走るカーナビ。
さらに谷和原で車を一般道に誘導するカーナビ。
そして谷和原から一般道で那須まで行こうとするカーナビ。
道を知っている場合はカーナビを信用しない方が楽かも。

4時過ぎ到着。
たらたら準備して少し寝る。
朝食を軽くとり、窓や床を掃除して開廊準備。
イベントに参加しているだけあって、ツアーバスや一般のお客さんがちらほら。
それを横目に作品のチェック。
今年初めから気になっていた作業なので、進展して良かった。
那須は爽やかに暖かかった。
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16時急いで高速バス乗り場に送ってもらう。
ガラガラのバス車内なのに、なぜかデブったおっさんと隣同士の席になった。
ネットで席の選択を「どこでも良い」としたからか?
疲れていたのでほとんど寝てたけれど暑かった。
20時頃王子駅に到着。
王子駅って初めて降りた。
那須行きのバスは東京駅があるのだが、那須から上りのバスには東京駅下車が無いという不思議な路線。

石川君の展示は9m近い壁に大きく壁画を展開していて、かなり見ごたえがあると思った。
大きな壁と引きに向いている。
良い展示だった。

・石川結介 / UNFINISHED ELIXIR - 未完のエリクシール:藝術倉庫
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by uchiumiinfo | 2009-09-26 23:59
2009年 09月 25日

シャッター

認識の対立が世界のあり方を変えてゆく。
日本人は対立を避ける傾向がある。
ということは、変化しにくいという事かな。
変革しにくい意識って徳川時代の監視し合う文化とか関係あるのかな?
対立する構造の方が進展しやすいとは言っても、対立構造が苦手であったら閉じてしまうことがプラスになることもあるだろう。
鎖国って文化的に興味深い変化があったと思う。
ただ、閉じきる事が出来る人はほとんど居ないだろうけれど。
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by uchiumiinfo | 2009-09-25 23:59
2009年 09月 24日

はじめにんげん

打ち合わせ。
木場。
F社G社。
方向性が見えたので進む作業をこれから。
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・ANDO GALLERY:ANDO COLLECTION
・TOMIO KOYAMA GALLERY :Jonathan Meese MISHIMA IS BACK
・TKG Contemporary:Ernesto Caivano 彼女が枝にあたえる影響(関係のトポグラフィー)
・hiromiyoshii:Josh Smith "Josh Smith: Paintings
・hiromiyoshii gallery 2:万代洋輔「ラジコン」
・TAKA ISHII GALLERY:ELMGREEN & DRAGSET「SUPERMODELS」
・ShugoArts:米田知子「Rivers become oceans」
・KIDO Press, Inc.:オノデラユキ「古着のポートレイト」
・森美術館:アイ・ウェイウェイ展-何に因って?
予想よりかなり面白かったけれど、好きな作品と嫌いな作品の差が大きい。
単位を作る、もしくはそれを増やすタイプの作品は好きな物が多いし、クラフトマンシップ云々の辺りは共感できるが、過去の作品を壊したり塗ったりする物は共感できない。
・森美術館ギャラリー1:小泉明郎 展
音声が聞き難いなぁと思っていたら、それは映像のノイズではなくスピーカーの不備だったようだ。
途中で不意に音声が割れて聞こえなくなった。
スピーカーの寿命に居合わせたのは初めて。
映像は悲しかった。
・資生堂ギャラリー:女性アーティストと、その時代
・東京画廊 + BTAP:古家万個展
・NATSUKA:更谷兼太郎 展
・NATSUKA b.p:遠藤寿夫 展
・NATSUKA cross:エサシトモコ 展
・コバヤシ画廊:赤塚祐二展
・ギャラリー現:平田星司 展
・ギャラリー山口:小鉢公史 展
・ギャラリー山口B1F:谷島菜甲 展
・藍画廊:松田麗香展
・O Gallery:堀 正明 展
・O Gallery Up's:22 Books

最近展覧会を観る時間が取れない。
森美術館の展望台で、晴れた夕方に影になった富士山を見ると、その大きさに驚く。
六本木からどれだけ離れているのか分からないけれど、ギャートルズの噴火する山のような縮尺で立っていて、神々しさと恐怖を感じる。
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by uchiumiinfo | 2009-09-24 23:59
2009年 09月 23日

異なる

同一性を前提にして考えることが多いけれど、実際に同一性が通用する場面ってほとんど無い。
「すべての個物は違う」ライプニッツ
自分がある状況で(A)と感じ、別の状況で(B)と感じる。
AもBも同じ自分の感情であり、状況の変化で感情のみが変わるように思うけれど、A、Bと状況に接している自分自身も結局同じではない。
正解は常に変化する。
お笑いに「鉄板」と呼ばれるネタがある。
手堅く笑いがとれる芸という事だが、それ自体も実際は息が長いだけで永遠では無い。
逆に「笑うまでやる」という芸風もあり、短期間にしつこいほど同一のネタを続ける、もしくは少しづつ変え(付け足し)続ける等、笑いが生まれるまで追いかけるというタイプもあり、前者はアンタッチャブル山崎、後者はますだおかだの岡田等があげられる。
作品を造り続けるのは、自分の中で刻々と変化する答えを求めているので、「最高の絵が描けてしまったらどうするか?」という問いは成り立たない。
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by uchiumiinfo | 2009-09-23 23:59
2009年 09月 22日

シルバー

早朝茨城に移動。
作品を送る。

それだけの事だが、移動もあるので結構時間がかかる。
時間がどんどん削られる。
墓参りをする。
なぜかipodのデータが飛ぶ。
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・国立新美術館:光 松本陽子/野口里佳
野口里佳から観たのだが、そうすると松本陽子が年代逆に観ることになる。
それってどうなのだろう?
写真と絵画って空間に対する感覚も面としての質も大分違うので、そんな対比をとても強く感じた。
良いか悪いかは別にして。
「大きな空間に絵画がある」という状況が単純に好きなので、ポカンとした空間に絵画があることを楽しめた。
国立新美術館で絵画作品をもっと観たい
・スパイラルガーデン:サンテリ・トゥオリ展『命のすみか―森、赤いシャツ、東京』
子供の作品が良かった。
円形に展示している作品のサイズが自分の作品にとても近かった。
映像で同じサイズを観るとこうなるのかと興味深かった。

森美術館を見ようと思ったら入り口でメチャクチャ混んでいた。
展望台と美術館が抱き合わせの弊害?
アイウェイウェイは人ごみで観るのに向かなそうな作品っぽいのであきらめた。
大型連休はひどい。
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by uchiumiinfo | 2009-09-22 23:59
2009年 09月 21日

握る

「時代のビジョンをつかむ方が、把握の仕方が正しいかどうかよりも重要」って言われても、把握の仕方にはこだわってしまう。
時代の~とかって一旦自分の外に出してから認識する感じがして、ちょっと順番が逆のような気がする。。
そう思うこと自体問題なのだろうか。。
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by uchiumiinfo | 2009-09-21 23:59