色彩の下

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2009年 04月 30日

虎の衣

司馬遼太郎は「革命が成立する条件として3つのタイプの人材が揃うこと」と言う。
思想家、戦略家(革命実行家)、技術者(実務者)の3つのタイプである。
思想家とは革命の初期に現れる、予言者、狂人であり、非業の最期を遂げる。(例)吉田松陰
戦略家(革命家)とは革命の中期に現れる、革命実行家であり革命半ばで死す。(例)高杉晋作、西郷隆盛、坂本龍馬
技術者(実務者)とは革命の最後に現れ、革命を達成し、革命の結実を得る。(例)大久保利通、木戸孝允、井上馨、伊藤博文
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革命なんて大仰だけれど、単に事を起こす、何かをするという事にも少なからず当てはまると思う。
死ぬような「事」を起こすわけではないので場面場面により個人で役割を兼務してゆく事はあり得る。
何かを立案(思想家)した人間が行動(戦略家)を起こして、提示(実務家)する事は日常行われている事だ。
土佐の武市半平太などは戦略家に分類されそうだが、生きていたら実務家として機能していたと思うし、そうありたかったであろう。
実務のみに終始できるという状況も稀な事だし。
またそれらの分類に組みせない多々ある人物に岡田以蔵がある。「人切り以蔵」の名の通り、多くの志士を切った土佐藩の人物だ。
ある夜、武市が謀略をしている間にその話しに出た人物を切って来たという伝説がある。
身分が低い故に学が無い以蔵だが、己を一つの「機能」や「道具」として存在した事に、人はひき付けられるのだと思う。

自身の制作を追行する為に、何かしら必要な性格ってあるような気がする。几帳面とか大胆とか慎重とか。
自分の作品を見極めて、また自分の作品が今どの段階にあるのかを判断して、そのつど必要な意識を纏う、もしくはその意識を獲得するというのも時には必要だと思う。
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by uchiumiinfo | 2009-04-30 23:59
2009年 04月 29日

スナップ

例えば、何気ないスナップのような絵画。
スナップで撮った対象となる、「場所や状況」を目指すなら、その場のあらゆる物を精度あげて作り込み鑑賞者に委ねる。
そのスナップで撮った「写真自体や感覚」を目指すなら、印象を色濃く押し出す制作になる。
その2つの制作は全く違う印象と制作工程を踏む事になる。

僕は前者のような感覚で空間を造っていると思う。
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by uchiumiinfo | 2009-04-29 23:59
2009年 04月 28日

距離の継目

世界はものすごいディティールでできている。
個人の認識差によって世界は振幅している。
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by uchiumiinfo | 2009-04-28 23:59
2009年 04月 27日

室内灯

横浜美術館:金氏徹平 溶け出す都市、空白の森
大きな作品が造れると言うことと、作品を大きく引き伸ばせるという事は違うのではないだろうか?
引き伸ばす事に必然性を持つという展開をすれば見ごたえのある物になったかもしれない。
横浜美術館は建造物の強さも大きいので難しい空間だと思うけれど。

空間ごとに白・茶・カラフルと色分けしていたので、色彩で認識する作家だったのかな・・?と感じた。
分かれている事でシンプルに見えた。わい雑なのがこの作家の特徴だと思ったのだが。
カラフルな物質をつないでいる物が白(石膏か樹脂)だったので逆に色がビビットに見え難い気がした。
僕とは物の見方が大きく違う作家なのだね。
同世代なのに不思議な感じがした。
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大恩ある方のお見舞い。
とてもお疲れの様でしたが、お会い出来て良かった。
病室からの景色が美しくて良かった。
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by uchiumiinfo | 2009-04-27 23:59
2009年 04月 26日

対話

朝から作業。
どんな作業もある一定の時間がかかる。

膨大な量のCDや本を見ると、「あぁ僕の時間を超えている」と思うことがある。
そのCDや本を聴く、読む、という作業をしたら自分の人生より長いという感覚。
僕のやりたい作業も、もしかしたらもう僕の時間を越えているかもしれない。
別にイイけど。
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作業中に調べ物をしていたら、不意にシンポジウム「絵画を再起動する/千葉雅也×池田剛介」が今日だと気づく。
先日美術犬のシンポジウムに参加したことで、とても疑問に思う感覚が発生していたので、同世代の言葉を聴いてみようと思っていた。
作業の区切りで移動。
北千住con tempoに20分程遅刻して到着。
満席。

池田剛介氏は若手美術家の言説の場でひっぱりダコの作家。
千葉雅也氏は専門分野が哲学、表象文化論、精神分析学の研究者/批評家。
双方とても明晰でいつまでも話せていそうな懐深さを持っていると思った。

・絵画を複数タグとして考える。
・文脈を束として考える。

という事を話している所が個人的には興味深かった。
絵画を複数タグで考えられる事は制作を実質的に考える時に判断する目安になるだろうし、複数文脈で考える事は作品を認識する際に多角的に眺めたり位置を判断する自由度につながる感じがする。
「文脈を束として考える」で、小学生の野比のび太君を中学生の野比のび太が、中学生の野比のび太を高校生の野比のび太が「勉強しろ」とタイムマシンに乗って怒りにくる感じを思い出した。
ドラえもんには複数のストーリーが常に流れている。

同世代が現在直面している問題を言語化している姿はとても刺激と勉強になった。
ただ、僕がシンポジウムを聞くことに不慣れな事と、現在1つの制作が佳境に入っていて頭の中に言葉があまり無かった事で拾えなかった事が多々あったのが残念。メモを見ても今は上手く言語化出来ず。。
(制作に沈んでいると頭から如実に言語がなくなってしまう。不思議なのだが、体感として50%以上の言語が無くなる。代わりに画面上の判断力が上がる。作品完成後作品について考えたり、本を読むとチャージされる。)

シンポジウムって大体3時間が相場なのかな・・?美術犬も3時間だった。
この3時間って人間の疲労や集中力に由来した区切りだと思うけれど、実際このテーマについて2人が話したらどれ位時間が必要なのだろう?そのテーマに応じて「必要な時間」を優先して時間を決めるというのも面白いかも。
とりあえずで1日5時間×1週間とかはざらに行きそうだけど。。

耳学問はなかなか考える事が多い事を認識した。
会場で先日「組立」に参加されていた上田さんにお会いした。

会場に池田氏の作品が2点展示されていた。
色々チャレンジしているのが伺えた。
池田氏の作品はアクリル額ごと基底材なので、最初から距離を内包したフィールドで展開している事が特徴的なのだと思う。(さらに透明樹脂の層があるので、基底材が元々から多層的。描画する前から多層的な所が珍しい。透ける素材での多層的な作品は結構ある。)
筆のタッチの代わりに型取りした金魚、葉っぱ、蝶等を使用するのだが、タッチの種類として金魚が一番好きかな。
金魚はタッチの方向性が解るのでまさに筆跡っぽい。葉っぱは動かない(トンっと置いた)タッチに見えるので動きが少なく感じるし、蝶は2~4タッチのユニットに見えるので不自由な感じがする。
あくまで主観ですけど。
金魚を扱った作品では児玉靖枝氏の2003年付近の作品が色やタッチが珍しくて記憶に残っている。
池田氏は今年、意識的に展覧会をされるようだ。
彼の作品は(僕もだけれど)見方が確立されていないから、あり方も含めて提示し続けるしかない。
というか、絵画自体は個人単位で考えると何から何まで構築する必要があるのだと思う。
「絵画」についての言語は結果「絵画」という物にならなければ実証されない所がとても難しくシビアな所だと思う。
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by uchiumiinfo | 2009-04-26 23:59
2009年 04月 25日

意思行動判断

ただ漠然と描いて良い絵が生まれるわけがない。
という事は意思やコンセプトが画面に置く筆の前にある。
でも、描く事無しに意思を精査する事は出来ない。
美しさや判断を下すのは画面に筆を置いた後にある。
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by uchiumiinfo | 2009-04-25 23:59
2009年 04月 24日

予期

制作は、今完成していない物を完成させる(進行させる)作業だ。
という事は、制作する現在、存在していないものを造っている。
でも、その無い物に対して持つ想像力がじゃまなときがある。
想像してしまうから、素直に見られなかったり、素直に描けなかったりする。
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by uchiumiinfo | 2009-04-24 23:59
2009年 04月 23日

春日差し

午前中MOTで作品をデジカメ撮影。サクサクと。
ヤノベケンジの巨大な人型(トラやんかな・・?)がロビーにあるので、常設の受付の位置が変わっていた。
今の方が常設入り口に開放感があって良い。
常設の入り口ってなんか狭い感じがしていたので。
トラやんはモジモジ動いていた。
ちょうど山形の中学生が修学旅行でMOTに訪れていた。
東京でしか見られないものを班行動で観ているのだと。偉い。
なぜか少し作品について解説した。
リニューアル後のカフェはアジア料理になっていた。
明るくてハーブティーとか美味しかったが、ちょっと高いかも。。
展示を見た人はおまけしてくれんかね?
確認するのを忘れたけれど、三千世界のポストカードがナディフMOTに売っているようです。
限定500位。
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三の丸尚蔵館で「国の花,華やぐ」を観ようと思ったら展示替え。。最近このパターンにハマってる。。
国立近代美術館:「ヴィデオを待ちながら 映像、60年代から今日へ」
コンパネで造られたTV台と椅子の並ぶ感じが不思議な空間だった。
大まかには思考を見せるような表現と、映像で何かを造っているものと、何かを撮影しているものという感じかな。。
思考を見せるタイプはやっている事の意味付けが解るととたんに退屈に感じる。
映像は時間を使うメディアなのでと理解をする事との間に時間ロスがでかい。
でも動いていると強烈な感じがするけれどね。
結局「事の次第」を一番観てしまった。何度も観た事がある映像なのに。。何か観ちゃうって凄い事なのだと思う。
「事の次第」「パワーズオブテン(イームズ)」「think(ブルース・ナウマン)」辺りが今まで目を奪われた映像。

ちょっと量が膨大で観るのに時間が掛かり過ぎる。。
ギリギリまでいたら、ミュージアムショップと展示場の閉まる時間が一緒でカタログが買えなかった。
展示場が閉まる時間とミュージアムショップが閉まる時間は10分位ロスがあるほうが駆け込みで購入する人が増えると思う。
ギリギリまでいる人の方が展示を楽しんでいる可能性が高いから、カタログ買うんじゃないかね?
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by uchiumiinfo | 2009-04-23 23:59
2009年 04月 22日

段々

様々なシステムや事柄は階層的になっていて、その階層ごとに真実があり、しかもそれぞれが相互に影響を与えている。
例えばイチローは野球を始めた時と高校野球をしている時と日本野球界にいた時と現在ではやらなければいけない事も求められている事も全く違うはずだ。
バットを振るという事には変わりなくとも。
それぞれ人や物の立ち位置や状況を慮らないと正解は見えないよ。
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by uchiumiinfo | 2009-04-22 23:59
2009年 04月 21日

均衡

例えば「均衡が取れた状態」。
自然とか。
その均衡の位置は一点では無くて、ある操作を加え、それを含んだ場所での均衡もありうる。
例えば草を刈り、ゴミを拾うという操作があることが前提とする自然の均衡。
制作の質を均衡させる、もしくは向上させるには常に操作を加え続けねばならないと思う。
そうでないと自分の中で劣化してしまう。
意識や感覚ってそういうふうに出来ていると思う。
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「慣れる事」と「楽をする事」と「技術を得る事」は「その後の状況が楽になる」という点で似ているから意識をしなければ危険。
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by uchiumiinfo | 2009-04-21 23:59