色彩の下

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2009年 03月 31日

祝!1000!

なんか、感覚と意識の層が重なっていて上手く言えないのだけれど、ナイーブな感覚として「美しい」という事はコンセプトを凌駕すると思っているのだが、その美しさはコンセプト無しに立ち上げられない。
美しさは漠然とは生まれないし、漠然とは継続されない。
良い作品はほぼ例外なく絵の具が美しいと思うのだが、コンセプト無く正しい方向へは導けない。
そのナイーブな感覚すらコンセプトを持った目でみた経験の先にしか無い。
美しさに重点を置くことは現在の美術にそぐわないとも言われたが、自分の意識にそぐわない事を続ける事こそ出来ない。

まあ不可分な関係なのだろうけど、どこに足を置くかって事なのかな。
この考えこそ自身の制作の進展を阻むものであったらどうしようかなとも思うけど。
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このエントリーで1000個目の投稿です。
なのにこんな不明瞭な文章。。
あー長かった。
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by uchiumiinfo | 2009-03-31 23:59
2009年 03月 30日

振幅

ある用件に対して、ある程度長い文章を書き、それを手違えて削除したとする。
消した文章にあった必要な伝達事項を全て織り込めて、再度同じ文章を書こうとしても、いろいろなニュアンスや語尾等が変わってしまう。
制作の際、次の作品はまた白い布から始まるからこれと同じように常にニュアンスが変わる。
ニュアンスが変わるといっても、その状態でベストの位置を目指す。
意識的にこんな事を繰り返すうちに幅が広がらないかね。
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by uchiumiinfo | 2009-03-30 23:59
2009年 03月 29日

トンチンカン

作品が出来るには、「素材」があって、「素材が起こす現象」があって、その「現象の錬磨」があるのだとおもう。
現象の面白みに終始して現象を見せるに留まる制作ってかなりある。
その作品はその時にとても高い精度を持つが、長期的な思考の深度が伺えない。
錬磨には技術や見せ方や解釈等いくつか方法があるかとおもうが、そここそが制作だと思う。
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by uchiumiinfo | 2009-03-29 23:59
2009年 03月 28日

ラディウム-レントゲンヴェルケでの展覧会「掌9」が終了いたしました。
ご高覧頂いた皆様ありがとうございました。
ex-chamber museumにて展覧会の作品を見る事ができます。
掌9に出品した作品「色彩と有る」は「絵画」なのかどうかはよく解らないのですが、「絵画の要素」がある事は確かです。
「絵画」はとても大きなメディアなので、今後も細分化して、もしくは統合化して制作を進めたいと思います。
まだまだやる事は山積しています。
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by uchiumiinfo | 2009-03-28 23:59
2009年 03月 27日

イーユー

「組立」上田和彦×永瀬恭一展:photographers’ gallery
アーティスト・ファイル2009:国立新美術館
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作品展示作業。
詳細は後日。
企業ってすごいね。個人とはレベルが違う。
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by uchiumiinfo | 2009-03-27 23:59
2009年 03月 26日

マーカス・ロスコウィッツ

午前中作品集荷。

午後は電車で川村記念美術館へ。雨降りそう。
マーク・ロスコ展。
巡回バスは平日1時間に1本なのね。合わせるの難しい。

マーク・ロスコ 瞑想する絵画:川村記念美術館
ロスコ展素晴らしい。
僕は今まで見逃した展覧会で最も悔しいものの一つが1995年川村記念美術館と東京都現代美術館でのマークロスコ展。当時高校3年生だったので、遠く美術館に足を運ぶ習慣が無かった。ロスコ知らなかったし。
入り口の1点との対峙、壁面上部に囲うようなシーグラム壁画の空間、目線の高さに展示した黒い作品の空間と大まかには3つの作品のあり方だったのだが、僕自身の制作に対しても考える事が多かった。
作品が良いから考える事が多くなるってとても凄い事だし、幸福だけどね。
以下大気になったことを大まかに。
・やはり絵画は大きくなればなるほど同等に大きな空間を保有する事になる。絵画は壁と同じ場所にあるので、単純に絵画がでかい=壁がでかい=空間がでかいとなる。
するとやはり身体から絵画までが遠くなる。
そしてその絵画がその空間を想定されたもので無いときに空間の対する占有率が激減りする。
ロスコの作品を「同時に沢山見たい」と言う事と「囲まれるように見たい」は両立が難しい。
ロスコは自身の作品を見る最適な距離を60cmとか言っていた様な気がする。
それと大画面と大空間との関係性はとても慎重に落とし所を吟味する必要がある。(でも川村記念美術館は美しい展示で成功していたと思う。)
・ロスコの作品は側面まで色が入っていて画面の意識が側面まである、もしくは側面までを絵画寄りにしていた事を伺わせる。ここが僕とはかなり解釈が違っていて、僕はパネルは空間寄りだと思っている。(側面まで画面の意識があるというのは言い過ぎかもしれない。画面と側面では絵の具ののり方が明らかに違うので、「パネルが絵画寄りという意識」の方が近いと思う。)
そして、パネルの底面は色の入り方が甘い事からここまで高い位置におく事は想定していなかったと思う。(下から見られると思っていなかった。)
でも、これが画家の意識を離れた他者(キュレーター)の展示意識として面白いと思う。
ある部分、作品について「遊べる」のも「実験できる」のも作家のもつ特権的自由なのだが、手を離れるとこんな事ができるんだなぁと思う。
・ロスコの絵を説明するとき、おそらく、大画面の暗めな色彩の中に2個~3個の輪郭がぼやけた四角を配した絵(難しい・・合ってるか?)。みたいな表現をするかと思うけれど、要素が少ないようでこんなに多彩な構図や極めをするんだなと思うと嬉しくなったし勇気がでた。
・また簡単なようでとても上手で、しかもなぜ美しいと感じるか分からないけれど美しいという所が本当にすごいと思う。
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バーガーキングのワッパーを食べた。10年位気になっていたから。
元々ご飯派なので食べる機会が無かった。もう熱は冷めた。
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by uchiumiinfo | 2009-03-26 23:59
2009年 03月 25日

体感保存

例えば歌舞伎を見たことのない外国人が歌舞伎をやってみたとして、歌舞伎のレベルに到達するなんて考えられない。
作品を観ずに作品を作るってそういうこと。
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同じ理由で、失ってしまった文化を再生させる事は創造に等しいと思う。
途切れない事の重大さ。
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by uchiumiinfo | 2009-03-25 23:59
2009年 03月 24日

デビルアイ

作品は質で見るのだと思う。
思考だけでは駄目だ。
技術なり見せ方なりインパクトなり、なにかしらの質を持たないと、その作品は意識の位置に立てない。
素晴らしい思考だけど、全くの混沌だったらそれは理解し難く、また多くの言語を費やす。
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by uchiumiinfo | 2009-03-24 23:59
2009年 03月 23日

ひょうたん

思考や展開することに対するイメージなのだが、僕はひょうたんのフォルムのように広げる作業と狭める作業をしながら進展させるのだと思う。
可能性やイメージを出す・広がる作業とそれらを洗練したり精度を変えたりする・狭める作業。
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昔、相撲では投げたり落とした相手に手を差し伸べて助けたりしなかったような気がする。
貴乃花あたりから助けるようになったかな。調べてないからわからないけど。
相手を尊敬して、負けたときに情けをかけないかわりに喜びも表現しないイメージ。
まぁ良いけど。
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by uchiumiinfo | 2009-03-23 23:59
2009年 03月 22日

座布団と幸せ

大分前に太田光が総理大臣になる番組に笑点メンバーが出ていて、政治の議論で白熱している所で林家木久扇(元木久蔵)が「なんだか難しくなってつまらなくなってしまった。」と言っていた。
なんだか難しくなったらつまらなくなってしまうのかもしれない。
ちょっと「ハッ」とした。
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by uchiumiinfo | 2009-03-22 23:59