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2008年 08月 31日

情報08-08・2

下記のサイトで先日終了した那須・芸術倉庫の個展「四位置」についてレビューを頂いています。
展覧会の画像もあります。
表現は確実に誰かに鑑賞される事で理解が深まると思います。
僕自身、制作を押し上げるためには沢山の眼や言語が必要で、それらを長い時間咀嚼する事で自身の絵画の理解と次の作品への進行が出来るのでしょう。
真摯に受け止めて今後も制作します。
ex-chamber museum
KARAKARA-FACTORY
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by uchiumiinfo | 2008-08-31 23:59 | 展覧会・情報・News
2008年 08月 26日

life

音楽は日常という感じ。
美術は向上という感じ。
タワーレコードのコピーにno music no lifeってあるけど、別にno art no lifeって程深刻な人は日本に少ないだろう。
音楽は日常に入り込んで密着しているから。
でも、アートが無ければ向上してゆく事が無いんじゃないかな?
人は向上する意志のある生き物だから、結果必要なんだよ。という仮説。
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別に必要で無くても良いですが・・。
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by uchiumiinfo | 2008-08-26 23:59
2008年 08月 25日

かつての此岸

知人の子供が、飽くることない制作意欲で絵を描いている。
彼には当然それらを判断する眼は無いのだが、その中にはとてもすばらしい物があるという。
判断せずに置く線。
判断せずに埋める画面。
ただの意欲で動かす手。
その位置に僕の制作がある部分でも立つ事が出来ると良いなぁ。
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by uchiumiinfo | 2008-08-25 23:59
2008年 08月 24日

四位置終了

那須芸術倉庫
個展「四位置」
終了いたしました。

遠い中ご高覧頂きありがとうございました。
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過去の自作品が再度別の空間を得られるのはとても幸福な事だと思います。
これらの事が繰り返されれば、また、作品についての理解が深まります。

過去の作品を観て発見があったことが、僕にとっても発見です。
何度も作品に場を与えられるよう努力します。
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by uchiumiinfo | 2008-08-24 23:59
2008年 08月 23日

お名前

美術教育について考える機会があった。
「美術について考えた歴史が個人に無い」ということが致命的なんだと思う。
考えるには考えるに相応の知識が必要で、その知識の源泉として、「見ること等の経験」、「描く事の経験」、そして「知識としての名詞」等が無いと考えることすら出来ない。
世界的な芸術家の名前が10人も覚えられない教育って致命的なのだろう。

名詞は名詞として宙ぶらりんにあるわけでは無く、その名詞に付随するビジュアルなり概念なりが付随しないと使用できない。
ピカソなりゴッホなり、その文字だけが浮いているというよりは、その名前に相当する歴史や筆跡等の知識が折り込んでのピカソ、ゴッホなのだ。

知識を持って美術館に行けば、きっと海外でも国内でも楽しいと思う。
美術は人類共通の知識という側面を持つ。
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by uchiumiinfo | 2008-08-23 23:59
2008年 08月 22日

美味

安い中華屋さんで料理人が鍋を振っている。
人気店で、回転が命だから、数分で何品もの料理をこなす。
この料理人は、一日で高級な中華屋さんの何倍も炒飯を作るだろう。
これを繰り返すうちに、いつか、もしくはもうすでに高級な炒飯より旨い炒飯を作っているかもしれない。
美しさも旨さも確定した何かがあるわけでは無いので、ある何か、例えば経験値(鍋を振った回数)がその保証の無い何かを担保してくれる事もあるかもなぁ。
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by uchiumiinfo | 2008-08-22 23:59
2008年 08月 21日

問い

多分、今、不誠実な絵の具を画面に置いてしまったら、それは取り返しがつかない。
いつかまたその絵の前に立った時に言い訳出来ない。
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by uchiumiinfo | 2008-08-21 23:59
2008年 08月 20日

急がば

似たような作業はユニットを組むと作業効率としては上がると思う。
ただ制作の時は描きたいやつからやるのもモチベーションを下げない事に繋がるだろう。

現在描いている絵が解らなくなって、どう手をつけて良いのか判断できない時は当然その作品に対して手が止まり、停滞、保留されるのだが、サクサクと手が動いてしまうときもそれはそれで曲者で、単調な決めや安易な手癖に陥っているような気がしてしまう。
そんなときは、まだ作業は進められるけれど手を止めて保留にする。
自分の感覚は毎日違うから、その数日の保留が画面の多様性につながらないだろうか?
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by uchiumiinfo | 2008-08-20 23:59
2008年 08月 19日

信頼

食材であれば、努めて日本国産を買おうとする傾向は基本的にあると思う。
それは、昨今の偽装問題等があるとはいえ、国産品に対する信用があるからだ。
それはしいては自国民の性格への信頼があると思う。
「自国の生産者を信用している」という無意識の態度。
中国の富裕階級が日本産食材を買い中国産を買わないのは、自国民に対する信頼の無さを露呈している。
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現在もなお海外の評価がある作家の作品は高値を更新し続けている。
経済が安定しても、日本人が自国の美術作品にあまり目を向けなかった理由。
その一つに、自国の美術に対する軽視があったように思う。
自国の美術を、また美術作家を信じられないのだろう。
大丈夫。
今、日本で制作する善意の美術作家は、自身の能力を超えて、勉強も制作もその他美術に関わる沢山の物事を成立させるために身を粉にしているから。
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by uchiumiinfo | 2008-08-19 23:59
2008年 08月 18日

ドリーマー

いくつもの展示で感覚を詰められるのは大変幸福だ。
ある意識の角度を変えられたり、強く押したり出来ると思う。

ただ、目前の事も出来ないと、そして精度を持って造り出せないと、結局ただの夢想家になってしまうから気をつけて制作する。
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by uchiumiinfo | 2008-08-18 23:59