色彩の下

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2008年 07月 31日

オーバー

想像する事と実現することの間には
大きな隔たりがある。
僕は実現するために制作をしている。
でも、想像できなかったことは
制作出来ない。
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想像を超える状態が画面に生まれる事はある。
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by uchiumiinfo | 2008-07-31 23:59
2008年 07月 30日

Color on Colors

そういえば、屋上庭園に出品した作品「色彩の下」2004年には制作過程を映したドキュメント映像があります。
Color on Colors
監督/撮影/編集:山﨑梨真
95分 / 撮影2004年/編集2005年 /日本語/日本
アーティスト:内海聖史

僕が今まで描いた作品の中で、この「色彩の下」と「三千世界」は描いていて最もシンドかった物です。
ただ、またその規模の制作が出来たら良いなぁ・・・とは思っています。
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by uchiumiinfo | 2008-07-30 23:59
2008年 07月 29日

アンリ・マティスと上島竜平

アンリ・マティスの作品の良さを人に伝えるのは難しい。
美術に携わっていないが興味のある母親にいかに伝えようか…。
マティスは美術史上最も重要な作家の一人であり、現在もその地位を不動の物としている。
色彩の画家と言われるが、その線も油絵も晩年の切り絵も美しいオールラウンドプレーヤーである。
マティスの美しさを知るにはマティスという存在の位置を理解しなければならない。
例えばダウンタウンという芸人がいる。
彼ら自身の番組「ガキの使いやあらへんで」で、昨今のお笑いブームとは一線を画したお笑いを展開している。
面白いという方向性に「不快面白い」とか「詰まらな面白い」とか「イライラ面白い」とか、ダウンタウンでなければ笑えない場所にいる。
その笑いが成立するには「ダウンタウンが面白い芸人だと理解されていること」が条件となる。
ダウンタウンを知らない人間が観たらもしかしたら不快に思うかもしれない。また同じ事を無名の新人芸人がやっても不快の域を超えられない。
ダウンタウンという免罪符により、その行為は「詰まらない」という疑惑のタガが外れ、「面白い」に転嫁する。
しかしダウンタウンは画家で言えばピカソに近いかもしれない。
確実な解りやすい実力を兼ね備え、また着実に評価されている事も周知で、あからさまなデッサン力を感じる。それを持った上で、美術の可能性を押し広げた。
そこで上島竜兵である。
ダチョウ倶楽部という三人組で爆破と泥にまみれているうちに、いつの間にかダウンタウン他トップ芸人とは異質の高みに登りつめた先駆者である。
彼はどんな場所でも最終的に最前線に押し出される。
押し出されながら明らかな(?)ノープランで臨む。(経験に裏付けられた無策?)
そして、そこで「場が引く」とは異質の「つまらなさ」を生む。
言葉で言うのは難しいのだが、つまらなさでの爆笑。面白下らない。
つまらなさを売りにしている芸人は他にもいる。ふかわりょうや山崎邦生がそれである。しかし、それらはウッチャンナンチャンやダウンタウン等、そのつまらなさを受け入れる存在が近くに居る事で成り立っている。
ダチョウ倶楽部・上島竜平はそれらが到達しえない高みにいることで、そのつまらなさを許す免罪符の様な物を自身で獲得している。
つまり、何をしても面白いという場所に居る。(それはあくまでダウンタウンとは別の位置で。)
そこで、マティスなのだが、マティスも「その作品を美しいと見て良い」という免罪符を獲得しているのではないだろうか?
つたなそうに見える線も、荒く見える塗りも「美しいと見て良い」という免罪符により、より疑念無くその美しさに鑑賞者は没頭できる。
それこそ「美しいということに自由だ」とも言えるのではないだろうか。
マティスの手を経由することで、真に美しさに埋没できる。それは鑑賞者にとってとても幸福な事である。
マティスの存在は絵画ばかりでなく絵画に向かう鑑賞者の意識までも問うている。
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by uchiumiinfo | 2008-07-29 23:59
2008年 07月 28日

警戒色

絵画という歴史自体が経験している事であっても、僕自身が経験していない事は沢山ある。
そして、絵画に見切りをつける人はたして絵画の何を経験済みなんだろう?
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by uchiumiinfo | 2008-07-28 23:59
2008年 07月 27日

ユニット交換

状況が良くなるためには基本的に複数の関係する物事が同時に良くならないといけない。
例えば、昨今言われる若い作家の青田刈り的な状況。沢山の大学生でも即販売流通される事について言えば、その沢山の作家が制作を続けられるだけのマーケットも同時に創られるのであればもしかしたら心配に及ばないかもしれない。
作家としてやってゆける日本人がもし大幅に増えるのであれば、日本のアートという物がもっと多様性を持って外部に紹介されることになり、それはとても有意義であるかと思う。
それら要因が同時に拡大しないのであれば、結果どこかが頭打ちになるでしょう。

たこ焼きってお店によって結構違う。
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by uchiumiinfo | 2008-07-27 23:59
2008年 07月 26日

大阪京都

早朝5時台のバスが無いことを初めて知った。
始発に行くにはどうしたら良いのだろう?

新幹線で大阪へ。
アートイン堂島を初めて観る。
アグネスとはまた違う感じの部屋の造りだ。当たり前か。。
毎回思うが、ホテルフェアで楽しく作品を観るのは難しい。
日常空間に比較的近い状態で観るので、こっちもさりげなく観る感じが良いのだろう。
もし、作品を購入したら、結局作品と鑑賞者の位置関係はギャラリーでのそれよりもさりげない感じになるだろうし、僕自身それを望んでいる。
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レントゲンスタッフ・ミズノさんと京都でギャラリー計測。
京都の暑さはすさまじく、熱を呼吸しているようだ。
ギャラリーはナカナカの広さとソウトウの複雑さを有していて、思考も停止する。
絵画が出来ること。僕が出来ること。絵画の範疇。僕の許容量。
冷たい煎茶と抹茶かき氷で冷気を取り込む。

すっかり時間は押せ押せで大阪に戻る。
飲酒してからも動いたから赤くなる。

塩田千春
国立国際美術館
泥のついたドレスがやはり一番印象深い気がする。
塩田氏の作品は、どん詰まり感や行き場の無い感が強いので、作品の先にまた別の作家の作品(今回は宮本隆司等)があるのはちょっと残念。
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by uchiumiinfo | 2008-07-26 23:59
2008年 07月 25日

結果の先

例えば、僕が満足しない状態の絵画を出したことで誰かと意思の疎通が出来ても、僕は満足できない。
という事は、誰かと意思の疎通を得る事は真の目的ではない。
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by uchiumiinfo | 2008-07-25 23:59
2008年 07月 24日

毛虫はそんな事しないが

目的と合致しない行為。
不純物を産む行為。
合理性を欠く行為。
目的の無い行為。
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by uchiumiinfo | 2008-07-24 23:59
2008年 07月 23日

近かろうが遠かろうが

細分化すると複雑さが見られるが、大局的にみると安定している。
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by uchiumiinfo | 2008-07-23 23:59
2008年 07月 22日

あちら

届かない要素を混在させる必要性。
どうやったらそんな物が出来うるのかは解らないけれど。
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by uchiumiinfo | 2008-07-22 23:59