色彩の下

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2007年 11月 30日

空間とパネル

展示空間に絵画を置く場合、絵画を「絵画空間を有した色面」と言うより単に「色面」として解釈している様な気がする。
展示空間を観る際には絵画は「色面」、でも、絵画自体を観る時には「絵画」として観るという、状況によって見方が変化している。
だから、展示空間に絵を置く場合は、展示空間内のどこに色面を置くかという意識になる。
絵画の内容と空間を同時に観る状況ってナカナカ無いような気がする。
その際、例えば李禹煥なんかは地を大きく見せて基底材の強さを希薄にして、展示空間の壁や構造と絵画内の間を近づけているとも言える。(まあ、基底材自体を見せているとも言えるか。。)
以前横浜美術館での李禹煥展で最後の方の部屋で展示壁にそのまま描いている物があったが、それってそういう事でしょ??
もしくは、作品の大きさを空間に近づければ近づけるほどパネルの事が希薄になる。
これは僕が使用している状況の1つとも言える。
混合しがちだけれど、絵を見る際には「絵とパネル」と「展示空間とパネル」の2つの構造を同時に見ているのではないか言う事。
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by uchiumiinfo | 2007-11-30 23:59
2007年 11月 29日

地平

アーカス2007
つくばエクスプレスから見える景色はすごい。
地平線が見えるようだ。必見!
関東平野の異常さが解る。
都市向きなのだね。
大きな変化がある訳が無い地形。
戦国時代は防衛し難いよね。

守谷駅からアーカスまで歩いてみる。
全く平らだ。すごい。
僕の実家から結構近い地域で、景色もどことなく似ている。
この何も無い感じは本当に不思議だ。
神山は何も無いけれど自然があると言う感じ。

アーカスは元小学校を転用した施設。
同じ間取りの同じ空間が並ぶ場所で作品が置かれるってかなり難しい。
作品が外界から切り離せない感じとでも言おうか。
また、学校の教室って壁が無い。
もしこの状況が僕に来たらどうしようかと考える。
作品に至る導線等も含めて考えてみたい気がする。
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by uchiumiinfo | 2007-11-29 23:59
2007年 11月 28日

ハードル

ヴァイスフェルト(レントゲンヴェルケ)
荒川眞一郎
Roentgen
僕が木枠の枠自体を見てしまう感覚と、彫刻家がパネルを見る感覚ってちょっと近いかな・・?
枠にはどうしても「構造」という感じが漂う。

日暮里の問屋街って閉まるの早い。
18時閉店だって。


自分でハードルを下げると、その下げたハードルが自分の上限になってしまう。
押し上げすぎたら自爆するだろうけど。
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by uchiumiinfo | 2007-11-28 23:59
2007年 11月 27日

おニュー

「絵画である」と言うだけで停滞しているというイメージを持つのは勘弁してほしい。
毎日これだけの人数が絵画に向かっている状況を考えると、嫌でも押し上げてられてしまう。進行してしまうに決まっている。
着々と絵画の広さは広げられていると思うけれど。

目新しい事が真に新しい事であるならば、絵画が出来るのは新しい画材を使用する位かもしれないが、それが絵画を停滞させぬようにしている訳ではなく、定跡を多少崩すような、思考の順序を変更するような部分で常に進行していると思う。
例えば、ある「工程」を経て生まれた「結果」が「結果として言語」を持ってしまったが為に「結果のみ」で理解できる状況が生まれる。
その「結果」から切り離された「工程」を再度考察し、また新たに結果に進むことも大切な進化だと思う。

そこに、見た目としてのアカラサマな変化を読み取ることは容易では無いかもしれない。
しかし、それを以前にあった言語のみによって理解してしまったら、その人は残念ながら停滞を繰り返しているようにしか見えないかもしれないね。

取りあえず、絵画は日々進化しているって事で。
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by uchiumiinfo | 2007-11-27 23:59
2007年 11月 26日

システム

庭木を切る。
至る所がかぶれてしまった。

物事はシステムが悪いとどうにもならない。
システムが根本的に悪いと細かく改善をしていっても限度がある。
そのかわり、システムが良ければとてもスムーズに事が運ぶ。
それは作品についても言えることで、その作品のシステムが良くないと、どれだけ手を下してもたかが知れている。
システム次第ではいつまでも時間や思考を費やせる。
それらは状況によって流動的でないといけないだろうけれど。
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by uchiumiinfo | 2007-11-26 23:59
2007年 11月 25日

不甲斐

以前、直島の地中美術館のモネに対して悔しいと書いたが、その悔しさは2004年に建築された美術館で何故モネなのかという事。
当然モネの作品は現在生まれている作品よりも間口が大きいが、空間を造る、空間にあると言う観点でみたらもっと良い作品、もしくはもっと意識的だったり、もっと方向性を示唆できる作品があると思うけど。。
モネの空間は世界中にある。
特に、作品に合わせて空間を作成できるのであれば。。。という悔しさ。
なんだか不甲斐ないって感じ。
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by uchiumiinfo | 2007-11-25 23:59
2007年 11月 24日

grow

布購入。

僕は何か対象物を持って描いているわけでは無いのだが、風景に観られてしまうのは、風景が出来上がる行程と僕の作品が出来上がる行程とが似ているからだと思う。
単位の集積だからね。

森は地面からしか生えないし、空は上にしか無いから、絵画の中の方が制約が無い気がするけれど、人の頭の中なんて簡単にスケールを変えたりポジションを変えたり出来るから、「自然の要素」みたいな物を引っ張り出してしまうのかな。

あとは色か。。
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by uchiumiinfo | 2007-11-24 23:59
2007年 11月 23日

暖冬→大雪?

去年の今日、僕は栃木県那須町の芸術倉庫で制作を開始したのだけれど、今年はもう雪が積もっているようだ。
去年は暖冬だったので大した事は無かったのだが、今年だったら危険な予感。
雪が多そうな冬予報なので。

絵画によって得られる空間。
絵画によってしか得られない空間がある。
絵画のパネルの中、イリュージョンの部分はもちろん絵画独特の空間であるのだが、物質として絵画という物が空間に置かれるという事で生まれる独特の実空間がある。
その絵画によって生まれる空間はとても美しく、質の高いその空間が観たい。

寄井座に絵があるのと、立体があるのと、インスタレーションがあるのとでは全く空間の質が違う。
僕は絵を選択している。
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by uchiumiinfo | 2007-11-23 23:59
2007年 11月 22日

反芻

ワタリウム美術館
クマグスの森展
南方熊楠の展覧会
昔少年ジャンプで「てんぎゃん」という南方熊楠をモチーフにした漫画があったのだが、2巻が発売していないようだ。
1巻は持っているのだが、続きってあるのだろうか?欲しいのだけれど。。
4F3Fは資料が見られて良かったのだが、2Fが何か展示に凝ってしまってよく観られなかった。
才能を見るのって面白い。

INAXギャラリー
田中みぎわ展
a piece of work APS
Gallery Q
ギャラリー山口
ギャラリー小柳
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by uchiumiinfo | 2007-11-22 23:59
2007年 11月 21日

木材

ホームセンターで木材購入。
財布を忘れて木材選んだりカットの長さを計算したりしてしまう。
ゲンナリする。サザエさんか。。
取りに戻る。
パネル造り。

長い言葉にするのが面倒なメモ。
○四辺を意識しない形を四辺踏まえて決めるってどうすれば良いのだろう?
例えば、絵画には必ずある四辺を気にせずに構図を決め、それでも成立する事って何だろう?
四辺を意識した構図と意識しない構図に違いはあるだろうか?

○なんとなく決める。僕が不在な位置で決める。
自分の考える事の前にあるような感じ。
僕が影響を受ける物を事前に造る感じ。
経験を受けそれを出力するのでは無く、経験になる素そのものを出す感じ。
作品の完成した状況が経験の最初になるような感じ。
知覚の前。出会う前。

○言葉にしない事で考えるということは出来ないかな?
そのまま飲み込んで、飲み込んだそのまま解釈し、そのまま展開して、そのまま出力する。

○ならせる事、させる事ではなく、なってしまう事。
作品に対峙した時、また対峙する行程において何かを仕向けるわけではなく、必ずそうなってしまう状態を意識する事。

○美しいという原理。
例えばこれこそ美しいという原理があって、それに即して造る事。
また、それに反して造る事。
さらに、「完全」という事を「美しい」の指針にしたとして、それを否定してしまう事。
完全である事に指針の中央が無いこと。
そして完全という事自体の基準。

・・・何を言っているかさっぱり解らない。
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by uchiumiinfo | 2007-11-21 23:59