色彩の下

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2006年 07月 31日

月末。

作品加筆。
木材購入。組み立て。

唇を噛んでしまい口内炎が治らない。
あと左目がよく痙攣する。
眼性疲労?
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by uchiumiinfo | 2006-07-31 23:59
2006年 07月 30日

梅雨明け。

作品加筆。
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by uchiumiinfo | 2006-07-30 23:59
2006年 07月 29日

これしかしてないや。

7月24~29日。
作品加筆。
描く以外に記憶が無い。

黄緑や黄色の油絵具の隠蔽力の無さに手こずる。
反射神経で描く。
絵具を操作する以外の事についてわざと自分を鈍化させている様な感じ。
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by uchiumiinfo | 2006-07-29 23:59
2006年 07月 26日

汗が出る。

銀座で用事を済ませて少し画廊を見る。
新世代への視点2006は前回と大分雰囲気が変わっている。
ギャラリー山口のくごうあいさんの作品が良かった。
ギャラリーなつかで小品展があり、ざっとしか観ていないのだが値段が本当に安い。
みんな制作代にもならないと思う。
良い作品もあるのに。

最低金額って決められないのかな?
各個々人のバイトの上に成り立つ文化って何なのだろう?
この値段が本当に需要と供給のなかで成り立つ金額だったらデフレの極地だ。
でも、仮に需要を求める側が購入する術を知らなかったのであれば(この場合なつかで小品を購入できる事を知る事が出来なかった場合)また話が少々変わって来ると思う。
スムーズに購入者と作品が出会えるってどうすれば良いのだろう?

作品加筆。
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by uchiumiinfo | 2006-07-26 23:59
2006年 07月 23日

責任

朝から昆虫採集が出来たので、身体的には疲れたけれど、精神的にはかなり有意義なイベントだった。
昆虫は好きなのだが、制作をしている以上それ以外に全然時間を割けないし、経験値も少ないので詳しくは無い。
ただ、眼を凝らして山中を歩く事が面白い。


趣味で絵画を描く人と、作家として絵画を描く人との間にある差異は何かと言う話で、佐藤さんが「作品に対する責任」と言っていて納得する部分も多かった。
今ある美術の上に自分の作品を投じる責任。
自分の作品を説得する責任。

ただ、僕が責任と言う言葉を使って説得力があるのかは僕には解らない。
責任という言葉に見合う制作をこの先もして行かねば確実に説得力が無くなってしまう。
例えば、あるプロジェクトの責任者と言ったような一過性の責任とは意味が違う「責任」なので。。
眼に見えて言える責任って何だろう?
質の良い美術って言う物だけとも言えないだろうし。。


帰宅後パネル作成。
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by uchiumiinfo | 2006-07-23 23:50
2006年 07月 22日

帽髭忌

レントゲンの取り扱う空間である芸術倉庫でのイベント、「帽髭忌(モウシンキ)」の為に栃木県那須へ行く。
行く事を決めた時は、もう少し制作が順調な予定だったのだが、現状を見るとそんな場合じゃなくなっている。
でも、腹をくくって楽しむ。

広い空間で作品を見るのはやはり面白い。
自分のコレクションの為にこんな空間を作るなんて、この芸術倉庫先代の小笠原さんはすごい人だ。
フロリアン・クラールの作品が面白かった。
10年ぶり位で「事の次第」という映像作品を観た。
どんどん展示替えした状態が見てみたい。

制作出来ない状況なので、ボンヤリできる。
近くにある温泉施設の休憩所で朝青龍の優勝を見る。


暗い山中で灯火が少ないから昆虫を採るのに絶好かと思われたが、長雨の気温低下か当夜
の小雨かイマイチ。
それでもカミキリ四種とマイマイカブリを採ったので満足。
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by uchiumiinfo | 2006-07-22 23:50
2006年 07月 21日

三千世界

パネル作成。
カッター作業で手の皮が剥けた。
ちょっと痛いなと思った時に手袋なり絆創膏なりで処置をすれば良いのだが、切りの良い所まで続けているうちに忘れてしまう。


三千世界と言うのは9月にレントゲンヴァイスフェルトで行う個展のタイトル。
三千世界とは全世界を表す仏教用語です。
世界は小世界が千集まった小千世界と、小千世界が千集まった中千世界と、中千世界が千集まった大千世界があり、それらを全てを合わせて三千大世界、もしくは三千世界と言うそうです。

僕は自分の作品に、作品とその作品を取り巻く空間や鑑賞者を含めたタイトルをつけるのですが(彼のいる場所、頭上の色彩、色彩の下 etc)、今回もこの言葉の響きにある、状況を俯瞰する様な感覚が自分の作品に対するイメージに近いと感じ、このタイトルにしました。
三千世界と言う脳が追い付かない感覚が気に入って使用しました。

イームズの「パワー・オブ・テン」みたいな映像がこの言葉の響きに浮かぶのですが、どうでしょう?
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by uchiumiinfo | 2006-07-21 23:50
2006年 07月 20日

絵画を信用する。

パネル作成。

絵画を信用している。
絵画の何を信用しているのかと問われると巧く答えられないのだが、絵画というフォーマットと言うかあり方と言うか。。
取りあえず、絵画が孕んでいる美を信用している。

絵画は僕の中にある物ではない。例えるなら(何でも良いのだが)茶封筒なんかと同じ様に僕の中に無い。
茶色の紙を袋状にした物が茶封筒だが、それも何でも良い訳では無くて美しい形状や質があるだろう。
それと同じ様に、絵画と言う物は僕とは別の所に有り、また美を含んでいる。

絵画の要素である絵の具とフォーマット自体が美しく、またそれらを美しい関係性に修正し続ける事が僕の制作だ。

絵画に委ねているだけなのだ。
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by uchiumiinfo | 2006-07-20 23:50
2006年 07月 19日

明確な加筆

パネル作成。
雨が降り続く。
天竜川が決壊しているニュースがTVで流れた。
僕の実家は利根川沿いだから川の増水には恐怖心がある。


漠然と絵を描きたくないのだが、画面の上に明確に絵の具を置くって何だろう?
明確に「ここに青を載せると美しい」と言う様な事は正直解らない。
だから絵の具を置いてから現れる状況に反応する。
自分は状況に反応するという以上の事は出来ないので、状況を把握する事だけは正しく理解したい。
これは解りやすく言うと、今の作品の状態が良いか悪いかだけしか解らないと言う事で、こうすると確実に良くなるという保障は僕の中に無く、経験と予測の元に筆は入れられて行く。
筆を入れるとは「悪い」を修正し続ける事とも言える。
油絵具の隠蔽力は加筆を許してくれるので、僕の書き方に有効なのだと思う。

以前に美しいと感じた関係性が次に美しいとは限らなくて、経験してしまった物は自分の視界に対する鮮度等が変わることもあるから、一度造った作品を何度も再制作する事は無い。
まあ同じ様には描けないのだけれど。。
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by uchiumiinfo | 2006-07-19 23:50
2006年 07月 18日

職業と生活

パネル作成。
作品加筆。

作家を「職業としての作家」と「ライフスタイルとしての作家」に分けてみる。
皆は一様に「ライフスタイルとしての作家(作家と言う生き方?思考法?)」を目指していると思う。
そして職業としての作家に距離を置く。
しかし、矛盾が生じるのは、ライフスタイルとしての作家=絵を描くだけの生活、をしたいのであれば作品を流通させる事で生活を成立させるしか無い。
「描くだけの生活」とは必ずそこを挟むのだ。
ならば「職業の作家」という意識は金の無い若い時期に持つに越したことは無いのではないだろうか?
別に、豪遊したいとか、ヘリコプターを持ちたいとか、サッカーチームを持ちたいとか言うわけではなく、制作がしたいだけであれば日本の平均年収、一般に同世代が得られる給料程度で成り立つと思う。少なくとも僕はそうだ。

それをクリア出来れば正に「ライフスタイルとしての作家」足りえるわけだし、それをするまでの経済活動は商化主義とはならないんじゃないかなぁ?
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by uchiumiinfo | 2006-07-18 23:50