色彩の下

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2017年 04月 03日 ( 2 )


2017年 04月 03日

遠くの絵画 文章

「遠くの絵画」 内海聖史

今回の作品について、何となしに考えている事を記載します。

2011年、表参道にあるギャラリー、void+の個展「シンプルなゲーム」にて最初の星形作品を作成いたしました。 かなり完全なホワイトキューブである同ギャラリーの形から絵画の成り立ちを考えたところ、建築の基本単位である立方体が現在の絵画の基本的な形である四角形に通じている事に気がつき、「絵画に他の形を与えるとしたら?」という問いから、人類が四角以外に持っている形体として星形を選択してそれを絵画の形として提示いたしました。 星形を、建築から切り離した絵画の形として選択した場合、またそれを建築内に戻す際、多芒星型にして、その鋭角の数や長さを考慮する事で絵画の置かれる様々な状況に対応できるのではないかという考えから、4芒星と7芒星の5mの大型作品を作成し、2012年に代官山にあるギャラリー、アートフロントギャラリーでの個展「方円の器」にて発表しました。 それ以降は、絵画の別の側面からまた絵画を見直す作業をしていたので、星形からは離れていましたが、昨年2016年に茨城県北芸術祭にて星形作品を展示した際に再度見直す契機となり、今回、YCC Galleryにて発表するのは再考するちょうど良い機会かと思いました。


絵画はしばしば「光」を扱う表現だと認識される事が多いのですが、僕は絵画にとって「光」は存在の前提条件でありそれ自体を扱う物ではないと考えています。 それなので、物質としての色材である「絵の具」を扱う仕事として制作してきました。 それにより、その基底材となるパネルやキャンバスも、素材として扱ってきたのですが、今回はその光としての色彩について考えてみています。 光はそれを通るフィルターの形により目に見える形が変化します。 カメラのシャッターに使われる羽根の数によって光の形がかわったり、特殊なフィルターによってハート形の光が写った写真を見た事もあるかと思います。 一般に星と呼ばれる空に浮いている天体は、球型、またはそれに準ずる形をしています。 それが、恒星で自ら光を発してようが、惑星で間接的に照らされていようが、私たちの目には光の粒として届きます。 その光の粒は太古より「星形」として表現されます。 確かに、星を観ると、ギザギザの鋭角がある星形にみえるのですが、それはその光を見るフィルターとして、私たちの眼の中のレンズ(水晶体)に縫合線とよばれる縫い目の様な筋がある為に、そこを経由した光がギザギザに見えるようです。 縫合線の形は人によって違うので、そこを通った光の星形は個人個人別に見えています。 それなので、見えている星の形は誰もが違うという事になり、その星形は人間がそれぞれ身体として持っているものとなります。


そこで、また絵画の話へ戻ります。 絵画を光としてとらえますが、絵画はまた「絵画」と「鑑賞者」が「数センチから数十メートル以内の離れた所で対峙」するという逃れられない関係性があります。 一番多いのは1メートルほど離れて絵の前に立っている状態でしょうか。 その関係性では、物質としての絵画がとても強いと思いますので、その絵画と対峙している関係性のままで絵画が何万光年も離れて光のみが抽出できるように輝くとします。 「鑑賞者と絵が1メートル離れた関係性を保ったまま絵画のみが数万光年離れて輝いている」という状況です。ちょっと言葉にすると意味がわからないと思うのですが、そうなると、たぶん、その絵画は各々の眼を通して星形になるのではないかと考えます。 今見ている1メートル先の絵画は、数万光年先の絵画なのです。


そんな事を言っていると、僕の顔も道行く車も風景もすべて星になってしまうのですが、絵画は絵空事と思って寛容に見てください。

サメとイルカが別の種類なのに同じ様な形になるような進化を収斂進化(しゅうれんしんか)と言います。 個人的には、同じような形体の作品なのに、おのおの別々のそこに至る道程を辿っていて、改めて絵画を描く事って面白いなぁと感じています。

内海聖史


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by uchiumiinfo | 2017-04-03 00:01 | 展覧会・情報・News
2017年 04月 03日

YCCギャラリー 遠くの絵画 終了

YCCギャラリー ヨコハマ都市創造センターでの個展「遠くの絵画」終了いたしました。
ご高覧いただいた方々、気にかけてくださった方々、ありがとうございました。
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また次の制作です。

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by uchiumiinfo | 2017-04-03 00:00 | 展覧会・情報・News