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色彩の下

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2009年 09月 28日

ウルフ

小学生低学年の時、祖父が相撲観戦に行き、人気力士の名前が入った湯呑みセットを買ってきた。
その内容は、千代の富士(大横綱)北闘力(横綱)大乃国(横綱)霧島(小兵の大関)小錦(巨漢の大関か関脇※当時)だった。
おじいちゃん子で相撲を毎場所TV観戦していた僕は、その青く印字された湯呑みをうっとりと眺め、おじいちゃんからその湯呑みを使用する権利を得た。
そうなると、どの湯呑みを使用するかという大きな問題が立ちはだかる。
僕が好きな力士を順番にあげると、1位・千代の富士(別格)、2位・霧島(技の素早さと筋肉のかっこよさ)、3位・小錦(でかいのはおもしろいし、それに立ち向かう対戦の構図がおもしろい)4位・北闘力(大横綱の陰にいて地味)、5位・大乃国(体型がイマイチ好きじゃないし、キャラが当時つかめなかった)となる。子供は残酷に順位を決める。
順番に全部使用したいと思ったのだが、どんな順番で使おうかと迷った。小学生低学年の自分には、「千代の富士」はおこがましいと考え、最後に使用するためにとっておくことを最初に決めた。
それでは「霧島」かと思うが、霧島を使うのだって雲の上の存在で、あのスピーディーな取り組みをする存在を自分で使用して良いものか・・
では5位から順番に・・でも、「大乃国」はそんなに好きではないし、しかも横綱という地位の湯呑みを小学生が軽々しく使用して良いものか・・それは横綱という権威の失墜を招かないか・・それでは4位「北闘力」も横綱だから・・・などと考え、3位「小錦」ならば子供にも分かりやすいキャラも立っているし、すこしイロモノ感があるくらいの方が無邪気で気安いと思って小錦を使用する事に決めた。
小錦を使用してお茶をすすりながら、いつか千代の富士をでお茶を飲むことを考えていた。
しかし、湯呑みはとても頑丈で、なかなかダメにならない。
子供であるが故の時間感覚のなさで、湯呑みが持つ膨大な耐久時間なんぞ想像することもできなかった。
ときには食後、強めに流しに置いてみてもびくともしない。
もちろんわざと割ることは絶対にいけないと思っているので、頻繁に使用して洗う回数を増やしたり、ちょっとカジリながら飲んだりしていたが、小錦の山のような体を押し出すことはできなかった。
台所の食器棚、中段左奥には同じ柄で名前だけ違う湯呑みがまだ4客も残っている。
絶望的な気持ちで、「2横綱は飛ばして次は霧島、その次は別格千代の富士」などと考えていた。
千代の富士はあくまで別格なので2番目に使用するのは自分ルールを崩しすぎで、「千代の富士」の自分内順位の尊厳を守るためには、使用が最悪でも3番目でないといけなかった。
ウルフ_f0082794_24567.jpg

月日はながれ、その5人の関取は現役を引退した。
千代の富士の引退は悲しかったし、霧島が大関から陥落して番付を落としながら場所に挑む様は美しかった。
僕は高校まで小錦を使い、家を出た。
ある日湯呑みの事を思い出し、実家からその湯呑みを送ってもらおうと思った。
何となく、自分の中で幼い時に強烈に持っていた規律が薄れ、千代の富士を使用して良いことになった。自分が千代の富士を使用して良い格になったというのでもなく、ただただ規律が薄まっただけだった。
電話口で母は、その湯呑みが邪魔だったから整理して捨てた事を僕に告げた。
きっと横綱級においしかったはずの、「千代の富士」湯呑みで飲むお茶はかなえることができなかった。

by uchiumiinfo | 2009-09-28 23:59


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