色彩の下

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2009年 05月 14日

相伝

ある物がある程度多様性を持って長期世代的に保持されることは非常に大切なことだと思う。
もし途切れてしまえは、それは完全な隔たりが生まれて、再生されることは困難であろう。
昔の文化や途絶えた民族の風習、言語を再現出来ないように、言語や資料のみでなく体感として保持されねばならない物もある。
僕に備わった体感も日々移行している。例えば、10歳を一区切りにしたとして、その世代世代に悩みや壁など踏まえて継承されて良いのではないでしょうか?
そういう意味では僕の世代に「形象の無い絵画」がバランスとして少ない事はみな感じていると思う。
ただ、そんな周りを見越した感覚は結果論であって、絵画表現最強と思っているから描いてるし、可能性も多分に残されていると思う。
例えば新しい語彙を増やしたからといって新しい表現になるわけではなくて、今ある語彙の真意を得るような制作の方向性もあるかなと思う。もちろん新しい語彙を得ることは大切なのだけれど。
また質を伴った多様性が途絶えたら途端に自由度も失う。
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ラディウム-レントゲンヴェルケ:澤柳英行
東京都現代美術館:池田亮司
ポカーンとした空間を見るのがとても好き。
オペラシティーや世田谷美術館も仮設壁が無い展示室がとても広くて、その状態を使用した展示が見たい。
東京都博物館:特別展「国宝 阿修羅展」
人多い。迦楼羅(かるら)カッコイイ。
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by uchiumiinfo | 2009-05-14 23:59


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